~蜘蛛の糸~

2020年3月

 世の中は新型コロナウィルスで大変なことになりました。私の会社でもトイレやキッチンが入ってきません。メーカーも納期回答できないのではなく、受注受付停止というかってない対応です。現場監督の話では、次は釘やビスが無くなる、3戸分は確保しましたが、この先の入荷の保証はありません、という始末です。住宅会社に釘やビスが入ってこなくなれば、どうしようもありません。完全にお手上げです。(※現在は解消の方向にあります)

 マスクが無い、トイレットペーパー、ティッシュペーパーも無い。2月末ころ、お店でトイレットペーパーを10束も抱えている女性がテレビで放送されていたと妻から聞きました。自分や自分の家族さえよければ、他の人はどうなろうと知ったことか、と言わんばかりの光景ですね。なんと浅ましいことでしょう。(※現在は解消しました)

皆さんは芥川龍之介の「蜘蛛の糸」をご存じでしょう。以下にあらすじを簡単に記します。

“ある日、お釈迦様が極楽の蓮池のふちを歩いておられました。そしてその蓮池の底には地獄や三途の川や針の山を見ることができるのですが、地獄の底にカンダタという名の男がほかの罪人と一緒にうごめいている姿を見られました。このカンダタは娑婆で人殺しや放火や他にもいろんな悪事を働いた大泥棒です。そんな大悪人ですが、たった一つだけ良いことをしました。カンダタが林の中を歩いているとき、小さな蜘蛛が道端を這っていました。カンダタは踏み殺そうとしたのですが、かわいそうだと思い返して蜘蛛を殺さずに助けてやったことがあったのです。お釈迦様は地獄の様子をご覧になりながらカンダタが蜘蛛を助けたことがあること思い出され、その善いことをした報いにカンダタを地獄から救い出してやろうと思われました。そして蓮の葉の上にいた極楽の蜘蛛からその蜘蛛の糸を取って、地獄の底へ真っすぐに下ろされました。地獄の底の血の池で浮いたり沈んだりしていたカンダタの上にお釈迦様が下ろされた蜘蛛の糸が垂れてきました。カンダタは地獄から抜け出せる、あわよくば極楽に行けるかもと、その蜘蛛の糸をしっかりとつかみ上へ上へと昇り始めるのです。しばらくすると蜘蛛の糸に下のほうに多くの地獄の亡者たちが、その蜘蛛の糸をつかんで上へ上へとよじ登ってくるのにカンダタは気づきました。自分一人でさえ切れそうな細い蜘蛛の糸です。カンダタは「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は俺のものだぞ。下りろ。下りろ」とわめきました。その瞬間、蜘蛛の糸はカンダタのところからプツリと切れ、また地獄の底へと落ちていくのでした。お釈迦様は極楽の蓮池のふちで一部始終を見られ、悲しそうな顔をなさりながら歩き始められました”

 カンダタとトイレットペーパーを買い占める人とを同一視することは適当ではありませんが、自分だけが救われたい、自分たちだけが良い思いをすれば、他の人はどうなろうと構わないという無慈悲な心は共通していると思います。そのような行為の結果は、結局のところカンダタと同じ運命をたどることになるやもしれません。いやそうではなく、もう既にカンダタと同じ地獄の世界にいるのかもしれません。そしてその人たちは他の人を蹴落としてでも極楽を目指して上へ上へと這い上がろうとするカンダタそのものである、と言ったら言い過ぎですかね。人間の本性というのは私もそうですが、悲しいかな、いつも自分が一番大切なのです。だからといって、自分一人が良い目をし続けることなど絶対にありえないのです。なぜなら諸行は無常であり、また人間は一人では絶対に幸せにはなれない生き物なのです。難しことかもしれませんが、自分のことより他の人のことを優先し考え行動して、初めて極楽に行けるのではないかと考えています。皆さん、買占めはやめましょうね。

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