~精一杯~

2017年12月

異業種交流会の仲間から勧められて数年前から「致知」という月刊誌を購読しています。
毎月、必ず新しい学びがあります。人間学を学ぶ月刊誌と銘打っていますから、いかに生きるべきかというヒントが毎月、数多く掲載されて大いに刺激を受けています。それとともに、今の自分のふがいなさを思い知ることにもなるのです。この「致知」に一貫して流れている根本思想は、いつも、真剣であること、誠実であること、決してあきらめてはいけないこと、限界に挑戦し続けること、死にもの狂いに働くこと、謙虚であること、感謝の気持ちを持ち続けること・・・・・等々です。今月号は「仕事と人生」というテーマで特集されています。  
特別講和はシンクロの日本代表コーチの井村雅代氏の講演内容が記されていました。
そのなかに「・・・・彼女たちは、なぜこんなに燃えない若者になってしまったのか。倒れるまで追い込まれて練習した経験がなかったんです。そして、試合に負けて、情けなくて、泣き崩れた経験がないんです。その代わりに周りの大人たちがかけたのが、「精一杯やったからいいじゃない」という言葉でした。・・・中略、「精一杯やったからいいじゃない」という言葉によって、彼女たちが失敗から学ぶ絶好のチャンスを奪ってしまっていたんです。そんなのないよって叫びたかった。・・・・・」この言葉は私に突き刺さりました。私自身がよく心の中で、そう言いきかせていたからです。精一杯やったと。でも、それは嘘です。不摂生で入院したことはありますが、倒れるまで働いて入院したことは一度もありません。この月刊誌、致知を勧めてくれた私より20歳も年下の経営者は「30台で社長になった時、苦しくて血の小便が何日も止まらなかった」と話してくれたことがあります。本当に心の底から精一杯やったか。天地神明に誓って答えろといわれれば、「やってない」と答えるしかありません。いかに生きるか,どう人生を全うするかは、すべて個々人の自由です。だから人それぞれの幸福感があって当然です。でも、どんな人でも幸せになりたくないと思っている人はいないはずです。もし本当の幸せ、喜びが真実、精一杯やってきた人だけが感じられるのだとしたら、私が過去の人生において幸せと感じてきたものは、突き詰めれば本物の喜び、幸せではなかったのかもしれません。きっと私だけではないと思います。本当は精一杯やってないのに、自分は精一杯やったと思いたいのではないでしょうか。そのほうが楽に生きられるからです。しんどいことから逃れられるからです。人間はどこまで行っても弱いものです。だから、このような月刊誌を定期的に読んで、自分を顧み戒め、行動を改める必要があるのだと思います。今月の学びは大変厳しいものとなりました。
最後に致知今月号から次の言葉を記して終わります。  「仕事は生活の方便ではない。生活の目的であり、働くことが人生の価値であり,人生の歓喜である」-ロダン
 「たとえ時代がいかに推移し展開しようとも、人は自らの職業を、天より与えられたわが使命達成の方途として、これに対して、自分の全身全霊を捧げるところに人生の真の幸福は与えられる」-森信三先生