~ケチⅡ~

2021年12月

 先月に引き続き妻から聞いた話です。あるところで造園屋さんが庭の手入れをしました。その造園屋さんが、その家の花を盗んで、自分の会社でそれを挿し木して増やし、それを売っている。とその情報を知った庭の持ち主は、花を盗まれたと恨み、何年にも亘って怒り続けている。という話です。妻の解釈はこうです。元々、その花も、その造園屋さんが植えたもので、手入れに行った時、その花が増え過ぎていたため間引いた。捨てるのももったいないので、持って帰って挿し木して増やして売った。不要になったものを再利用した。それだけのことで、庭の持ち主に金銭的な損害を与えたわけでもない。でも、その人は盗まれたと10年近くも恨み怒り続けている。庭の持ち主は、自分のものを利用して金儲けしたのだから、自分たちにその分け前をよこせとでも考えているのでしょうか。

 それに対して、こんな話を聞きました。友松圓諦(ともまつえんたい)という明治28年生まれの宗教家の話です。人に頼まれて養子をとりました。そして、その子が東大を卒業するまでに育てました。ある時、ある人がその子を養子に欲しいと望まれたので、友松先生は養子に出すと決めました。その話を聞いた友松先生の友人が「ただでやるなんて、もったいないじゃないか」と言ったそうです。つまり、実子でもない子にお金をかけて愛情を注ぎ育て、東大卒までにしたのに、それをただでよそにやるのは損だと、いうわけです。それに対して友松先生は「なにがもったいないんだ。あの子は優秀なんだから、よそに行って世の中の役に立てば、それでいいじゃないか。何をケチ臭いことを言ってるんだ」と言ったそうです。

 またほかにこんな話もあります。博多名物の辛子明太子を開発し売り出した川原俊夫氏の話です。大正2年に生まれ、従軍し終戦後、福岡に引き上げ、苦労に苦労を重ね、辛子明太子を開発します。当初は全く売れなかったそうですが、改良を重ね10数年後、爆発的に売れるようになりました。それをみた同業者達が、それを仕入れて売らしてもらいたいと申し出てきました。それに対し川原氏は「作り方を教えるから、自分たちで作って、自分たちの味で売りだしたらどうだ」と辛子明太子の秘伝のレシピを無償で同業者に教えたのでした。つまり、ライバルである同業者に、今でいう企業秘密をただで教えたわけです。  この手の話は探せばいくらでもあります。先月号の関大徹老師の200万円寄付の話などは、その極みであると思います。明日、食べるものが保証されていない状況で、200万円もの大金をポンと寄付する。尋常ではありえないことです。しかし、この話を本人の著書で読んだ私は自分に同じことは出来ないと知りつつも、なぜか救われた気がしました。世界中を覆いつくす拝金主義、極論すれば、お金がすべてだ、という思考。金さえ儲かれば、どんな卑劣な手段を用いても構わない、また支払うべきお金を支払わずにお金を貯めこむ、そのような人生に一体どんな意味があるのか私は問いたい。全てのことには意味がると、学んだ私ですが、全く分かりません。世の中にはお金よりも命よりも大切なものがあると信じています。 「財を残すは下、事業を残すは中、人を残すは上、感動を残すは最上」という言葉があります。経営者になって最初に覚えた言葉です。現実は下にも程遠い状態ではありますが、せめて中と上はやり遂げたいと思っています。しかしまた一方で、関老師のような生き方にも、出来ないと分かっていても憧れる私がいます。       合掌暗中模索     

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