アドラーⅡ

今月のこの講は先月に引き続きアドラー心理学(引用は小倉広著、人生の革命が起きる100の言葉より)のことを記します。あらゆる悩みは対人関係の課題である、とアドラーは言いました。たった一人で住んでいる世捨て人のような人でさえも、実は他人の目を気にしているのです。それがよくわかる、以下のようなエピソードがあります。

ある村に世俗的な欲望を捨てた仙人のような人がいました。彼は村に住むことを拒否し、山の中に掘っ建て小屋を造って、たった一人で自給自足の生活を始めました。村人たちと交流することに意味を感じなかったのです。ある日、その村が大火事に見舞われました。村は荒れ果て、人々はその土地を捨てて、他の土地に移住することに決めました。そして、村全体で大移動したのです。すると、驚いたことに、仙人のような世捨て人までもが移住して、新しい村を見渡せる新たな山に引っ越したのです。仙人は、人間関係を捨てたのではありませんでした。彼は「世俗の欲望を捨てた仙人のように“清らか”で“優れた”人間である」と村人から思われたかった。そのため世捨て人になったのです。ですから“観客”のいない場所で生きることに耐えられなかったのです。あらゆる人の悩みは、すべて対人関係の問題に帰結します。自分がどのような人間でありたいか、と考える際には、必ず周囲の目を気にしているのです。

次に、人は人生の敗北を避けるために、あらゆるものを利用する。とアドラーは言いました。時には自分でも気づかないうちに病気を作り出すことがある、というのです。病気になれば会社や学校に行かなくても済む。人前で無様な姿をさらさなくても済む。そう思うと、頭痛、腹痛、発熱、吐き気、パニックなどの症状を無意識のうちに作り出すことがある。病気になるのは辛いことです。しかし、衆目の下で自らの敗北をさらされることに比べれば、なんということはありません。負け戦に挑むくらいならば病気の方がましだからです。
 次に、「なぜ隣人を愛さなければならいのか?」「私の隣人は私を愛してくれるのか?」と尋ねる人は、協力する訓練が出来ておらず、自分にしか関心がないことを露呈している。

人生におけるあらゆる失敗の原因は、自分のこと(自分の利益、損得)しか考えていないことにある」と述べています。「人々が協力し合うことを最終目標としているあらゆる活動や努力に私は賛同する」というアドラーの教えはキリスト教、仏教の教えと近いのもがあります。「誰かが始めなくてはならない。他の人が協力的でなくても関係ない。たとえ見返りが一切なくても、誰も認めてくれなくても、あなたが始めるべきだ」と教えるのです。そしてまた鎌倉時代の道元禅師の書かれた「他はこれ吾にあらず。いずれの時をか待たん」も同じです。意味は、他人がやったことは自分がやったことではない。そして、それは今やらなければならない。面倒なこと、しんどいことを他人に押し付けたり、先送りにしたりすることを戒めた言葉です。もし、あなたが人生に敗北したくないのなら、悩みはすべて対人関係の中にあることを認め、自分の損得を超え、他人のために、自分はこの世に生まれてきたことを実践するしかないと思います。さあ皆さん、一緒に挑戦していましょう。  挑戦誓願