~旅~

年が変わって、もう3か月が過ぎようとしています。仕事は相変わらず貧乏暇なしで、多忙を極めております。けれども合間を縫って、妻とする小旅行も忘れずに実行しています。年末には妻と白浜温泉に行ってきました。先月は、いつもの湯村温泉に行ってきました。大変な雪でしたが、観光で行っている私たちには、それはそれは美しい風景で、今もその雪のまぶしさが目に焼き付いています。でも、地元の人は大変だとすぐわかりました。屋根の上に1m近い雪が乗っているわけですから、建築を仕事にしている私には、本能的にその重さを推定し、危険であることがわかるのです。現に軒が垂れ下がっている家を数軒見ました。雪国の人たちには悪い気がしましたが、自分たちの住まいが雪国でないことに、少しホットしたのも事実です。ごめんなさい。

 湯村温泉には、いつも特急”はまかぜ”で行きます。明石駅から乗り換えなしで浜坂まで約3時間かけての旅です。私はこの列車が大好きで、湯村に行くといってもいいくらいです。

特に、雪の積もっている時期と、新緑と、紅葉の美しい時は最高です。美しい車窓と、窓際に置く缶ビールの何とも言い難い潤い、そして癒しと幸福感。今回は福崎を過ぎたあたりから、山や野や畑や田んぼに積もった、たくさんの雪を見ることが出来、本当に堪能しました。

 念願の奈良の法隆寺にも行ってきました。何年も前からずっと行きたいと思っていましたので、やっと想いがかないました。決して宗教心から行ったわけではありません。建築を仕事とし、お客様に奈良の法隆寺が世界最古の木造建築物で約1300年以上前のものであると、ことさら、木造の良さを強調していたからです。しかし、行ってみて実際に見てみますと、1300年も昔に、どうような方法でこの大きな建物を建てたのかが、よくわかりません。昔の人は本当に偉いと心からそう思いました。近いうちに、本を買って学んでみようと思います。それにしても日本中には昔からの大きなお寺や神社が、山のようにあるのに、今の時代、大きなお寺・神社が建築されたという報道は、あまり聞いた事がありません。(私が知らないだけなのかもしれませんが)今の技術をもってすれば、いくらでも大きなお寺を建てられるのに。昔の人のほうが、はるかに宗教心が強かったのか、それとも為政者が己の権力を見せつけるために建造したのか、私はよく知りませんが、歴史小説などを読んでいるといつの時代でも公家、武士、農民、商人みな信心深く、大きな財産を寄進したという話がよく出てきます。きっと現代人よりは、はるかに神や仏に畏心をもっていたのでしょう。

 妻と二人でパンフレット片手に建物を見、仏像を見て、うーん、なるほど、これがかの有名な聖徳太子の——–などと分かったようなことを言いながら、「お母さん(妻のこと)、ここで写真撮って」「お父さん(私のこと)、ここをバックに一枚撮ってよ」と、まったく場違いで不遜なやり取りをしていました。極めつけは、昼食をお寺に一番近い食堂でとったのですが、二人ともビールをおいしそうに飲んだことでした。きっと、聖徳太子の天罰が下るのではと今はそれを恐れ、心より反省しています