近隣対策

私は平成7年7月に独立起業しましたが、その前の約5年間は社員数50名ばかりの建設会社で営業の仕事をしていました。賃貸マンション受注営業が主な仕事でした。自慢話になりますが年間6億円位受注していましたから、営業成績は結構良かったほうです。最後は支店長という役職まで頂くことが出来ました。今の会社の近くでもよくご注文を頂くことが出来ましたし、現在の事務所も私がご注文頂いたマンションの1階にあります。今、振り返ってみれば当時から大東建託、大和ハウス、積水ハウス等々、超大手企業と競合しながらよく受注していくことが出来たものだと不思議な気がします。選んで下さったお施主様には本当に心から感謝しています。 そんな仕事を辞めて結局は独立するのですが、会社を辞める理由は、誰もがそうだと思いますが一つや二つではありません。待遇のこともありましたが、本当の理由は自分の弱さにありました。中でも近隣対策という仕事は営業の仕事ですが、これは結構つらいものがありました。ある時、説明会場でワンルームマンション建設現場の隣家の方に、先にご自宅に届けておいた砂糖の入った粗品を「こんなもん、要りませんわ!」と投げつけられたことがありました。隣家の方がお怒りになるのももっともです。今まで駐車場で日当りさんさんであった所に、わずか1mほどの隙間をおいて、4階建てのワンルームマンションがピシャと建つわけですから。私でも怒ります。日当りのことで近隣の方々と裁判になった現場もあります。こちらは法律に従って申請し、許可をとって建てようとしていても裁判にまでなるのです。あるいは、全然わけの分からない人が現場に出てきて、大の字になってそこで寝てしまうのです。多くの現場で近隣の方々と問題が発生しました。みなさんがお怒りになるのも理解できましたが、ほとほと疲れました。———ふと思いました。これが一戸建だったらなあ、マンションみたいに反対されることは絶対ないだろうと。 独立して一戸建の建築を請け負うようになりました。しかし、近隣対策から抜け出すことは出来ませんでした。マンションほどではありませんが、やはり苦情を申し立てられる方はいらっしゃいます。「工事をするのはいいが、道路に車をとめるな!」「こんな家を建てられたら日当りが悪くなる。もっと家を南によせてくれ!」「赤ちゃんがいるから音を出さないでくれ!」「エアコンの室外機をこんな所に置かれたら熱風が来て困るわ、他にもっていってよ」社長になって少しだけ強くなりました。「お宅の家は道路に車を止めずに建てられたのですか」「お宅の家も北側斜線ギリギリですよ」 でも赤ちゃんの件だけは弱ってしまいます。誠心誠意お願いするしかありません。「これはエアコンと違います。エコキュートだから冷風がでます。涼しくていいですよ」 私の対応に腹を立てられた方もいらっしゃるかもしれません。どうか許して下さい。決して貴方をやり込めようとして言ったのではありません。お互い様ではないのですかと言いたかったのです。私も含め、人はそれぞれ自分の立場でしか物事を考えないし、主張することが多いように思います。子供のときに学校で先生に、あるいは親に「いつも相手の立場になって—-」と皆が教わっているはずです。でも、なかなか出来ないのが人間です。近隣の方々にも本当は、じっくりと相手の話を聞き、また時間をかけて説明していけば円満に解決する場合も多いと思います。やはり心のどこかに、時間が惜しい、面倒くさいという邪心があったのでしょう。反省しなければなりません。会社で社員によく「損得を考えるな、もっと損をしろ」と分かったような事を言っている自分が恥ずかしい限りです。効率的、合理的という美名のもとに人として最も大事なものを忘れてしまったのかもしれません。『一つ拾えば一つだけきれいになる。足元のゴミひとつ拾えぬほどの人間に何ができましょうか』鍵山先生のこの言葉を今かみ締めています。