気配り

最近めっきりと白髪が増え、毛染めするようになりました。毛染めといっても、染料を私の手製のブラシ(スポンジを小さく切って割りばしの先に丸く括り付けたもの)に少しずつ付けては、白髪の部分にササッと擦り付けるだけなのです。でも、その時には頭の両側にも擦り付けますから、そこを見るため、洗面台の三面鏡の両サイドの鏡を手前に引き寄せます。そうすれば側頭部がよく見えることは、どなたもご存じのところです。この方法で3月の初めごろからやり始め、自分でも結構気に入っていました。

 先日、妻が私にこう言いました。「お父さん、洗面台の鏡、使ったら、ちゃんと元通りにしておいてよね。」少し険があるように聞こえました。自分ではきちんと元に戻していたつもりだったのですが、実際はそうではなかったようです。妻がそんな風に言うのは珍しいことです。ひょっとしたら、めまいの病気があるので、真っ直ぐでない鏡がストレスになっていたのかもしれません。妻には本当に申し訳ないことをしました。もちろん、ごめんなさいと謝りました。

 このようなことは、家族の中でも、会社の中でも、どこにでもよくあることだと思います。およそ人と人が触れ合うなかで、自分に何の悪気がなくても、相手を傷つけてしまっていることって、本当によくあります。でも反対に、同じ行為、同じ言葉で傷つく人もいれば、まったくなんとも思わない人がいることも事実です。昔、サラリーマン時代に、Aさんという先輩営業マンがいました。Aさんは抜群の営業力で、大きな契約をよくとっていました。そのAさん、よく人前でおならをするのです。私も事務所はもちろんですが、車の中とか、飲み屋さんでも、よくブブッーとされました。うれしくはないですが、我慢ならないというというほどもことではありません。そのAさん、会社を辞めることになりました。原因はいろいろとあったことでしょうが、その中におならがあったことも事実ではないかと推測します。なぜなら、そこの社長が何度も「A君のおならには全く閉口する。お客様の前でも平気でするからな」と怒って言われていたことを覚えていましたから。私は人のおならには寛大です。しかし、その社長や、私の妻は寛大ではありません。妻は私のおならに何度となく腹を立てています。その都度、ごめんなさいと謝りますが、また同じことをしてしまいます。

 ジェームス・アレンはこう書いています。『私たちは、どんなときにも、自分が学び成長を遂げるために最適の場所にいる』今こそ、私は学ばねばなりません。自分は良い人で、人から嫌われるようなことはしていない、という思い上がりを捨てなければなりません。最愛の妻にさえ、散々な迷惑をかけておいて、言われるまで気づかない鈍感さ。もっともっと、気配りし謙虚な生き方をしなければなりません。昔の人も言ってます。『親しき仲にも礼儀あり』家族であろうと、友達であろうと、会社の仲間であろうと、相手に対してはいつも分別ある思慮深い行動をとる必要があります。自分の言葉、自分の行為が相手に,まわりにどう受け止められているかを、いつも気にかける必要があります。これは意識していないと出来ないと思います。 私は今、自分が成長するための最適な時期を迎えています。そして、それはいつの時もそうです。皆さんはどう思われますか。

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