~ケヤキとアリス~

よんどころない事情で、22年間、我が家を守り続けてくれた株立ちのケヤキを根元から伐採しました。高さが屋根よりも、棟よりも高くなっていたので、やむを得ないかという思いもありましたが、私は、とても大切なものを失ったという気持ちと、何とか残す方法はなかったのかという悔悟の念が入り混じって今も、頭から離れません。妻はというと、もっと深刻で「お父さん(私のこと)、私、もうこの家に未練はないわ。どこかほかの土地で、家を建てましょう」と、ここまで言います。二人の娘たちは、まだこの現実を見ていません。たぶん二人とも落胆すると思います。娘たちは、二人とも子供の時からこのケヤキが好きで、長女などは体調が悪く気分がすぐれない時、庭に出て新緑のケヤキの下で深呼吸し、木肌を撫で触って、「ああ!気分がいいわ!とってもいい空気!」と言っていたのを覚えています。次女は晩秋に降り積もる落ち葉をかき集めては、ほうり投げて遊び「お父さん、この落ち葉で焼き芋をしようよ!」と無邪気に話していました。我が家にとってケヤキはシンボルでありまさに幸福の木でした。しかし、隣家にとっては、夏の蝉しぐれの騒々しさと、落ち葉で樋を詰まらせるだけの悪魔の木であったのでしょう。申し訳ないことでした。私にもっと大きな庭を持てるだけの力がなかったことが悔やまれます。

 愛犬アリスは2度の脳梗塞、さらには大脱走の末の殺処分寸前と、大変な命の危機を脱してきました。そして、あれから2年、この度は乳ガンの切除手術に挑みました。私たち夫婦は術中死も覚悟しましたが、結果、手術は成功しました。術後の経過も16歳の老犬にしては順調で、あと3日もすればエリマキ(犬の首に巻きつける樹脂製の直径40センチくらいの薄いカバー。患部を噛んだり、舐めたりしないために着けるもの)もとれるという時、またも脱走しました。近所をひととおり探しましたが見つかりません。今回は、前回のことで学んでいましたので、すぐに西警察に連絡しました。そしたら、その日の夜の11時過ぎになって警察から連絡があり、須磨区の動物病院に保護されている、ただし少し怪我をしている、とのことでした。動物病院に電話をしたら先生が出て下さいました。縫合しているところが裂けたので縫っておきました、明日引き取りに来てください。命には別条ないと思います。とのこと。12月19日、アリスを引き取り、掛かりつけの明石の先生の所へ。先生も「連れて帰ってもいいですよ」本当に有難いことです。でも今、アリスは歩けなくなっています。仕方ありません。脳梗塞の時も、最初はそうでしたから。それにしても、世の中にはなんと親切な人がいるのでしょう。エリマキをつけた汚らしい老犬を見つけ、警察にまで連絡して下さるなんて。そして、誰よりも忙しい警察官が犬一匹の為に、きっとパトカーに乗せてくれたのでしょう。それも西区伊川谷から須磨区横尾まで。

アリスを自宅に寝かせた後、妻と西警察署に手土産をもってお礼に行きました。通報して頂いた方も教えてもらいたかったのです。でも、分からないということでした。手土産も受け取っては頂けませんでした。公務ですからしょうがないです。申し訳ないという気持ちと、有難いという気持ちがいっぱいになって、ケヤキのことは少しだけ忘れることが出来ました。