冬の間、我が家の庭の寒椿にはメジロがやってきて、赤い花びらに緑の頭を突っ込んで、蜜をついばんでいるのでしょうか、その光景は本当に癒しです。3月になり、少しずつ暖かくなってきますと、その寒椿も花を咲かせなくなります。そうなると、メジロもやってこなくなり、少しがっかりします。けれども今度は沈丁花が懐かしい春の香りを届けてくれます。得も言われぬ良い匂いで、この春、鼻を近づけますと遠い昔、前世でその香りを見たようなとても不思議な気持ちになりました。

 一軒家に住んでいますが、私は育った環境のせいか、当初は庭には何の関心もありませんでした。しかし、妻は花や木が大好きです。熱心に世話をしている様子を長年見てまいりますと、自然と私も興味を持つようになりました。上述の寒椿にメジロもそうですが、落葉樹の多い我が家の庭の、春になり次々と新芽を出し、葉っぱを広げていく様を見るのが、今では大袈裟ですが人生の楽しみの一つになっています。妻には本当に感謝です。

 この講で度々登場しますその妻ですが、実は亡くなった私の母と顔かたち以外で、とても似たところがあります。まずひとつ、家を出る時刻に必ず遅れることです。子供の時、父がイライラして文句を言っていたのをよく覚えています。そしてもうひとつ、母はリウマチでした。妻もリウマチを患っています。母のリウマチはひどく、結局、それが原因で他の病気を次々と誘発し亡くなりました。その後、何の因果か、血縁の無い妻がリウマチと診断されました。本当にショックでした。幸いなことに、妻の症状は亡くなった母のそれと比べて、ずいぶん軽いと思います。母の足は変色し、腫れ上がり、最初は足を引きずりながら歩いていましたが、最後のほうは車いすになっていました。私は結婚し、母とは離れたところで暮らしていましたので、申し訳ないとは思いながらも、母の面倒は父や兄や妹に看てもらっていました。そして、その父も亡くなりました。

 話は変わりますが、私は2008年以降、スピリチャルな思想を信じるようになりました。とくに「生まれ変わり」は今では私のライフワークです。この講でも度々記しています。私たち人間は何度も何度も生まれ変わり、それぞれ別々の人生を体験しています。それは生まれてこなければ体験できない、病気や死や色々な苦しみ、そして喜びを経験し学ぶためです。

ソウルメイトという言葉があります。魂の伴侶と訳するのが一番わかりやすいと思います。妻は否定しますが、私は妻をソウルメイトと信じています。悠久の昔から、性別を変え、立場を変えながらも、関わり合いを持つ人生を二人は何度も重ねてきたのだと信じています。

千年前に二人して沈丁花の香りをきいたこともあったのだと思います。

私たちは人間を体験している霊的な存在です。そして、いついかなる時も、学び成長するための最適な状態に導かれています。今は母にしてあげられなかったリウマチへの看護を、今生で精一杯、妻にすることが天の意志であり、私の喜びであると思っています。

それから最後にもう一つ似たところ。母も春と花と木が大好きでした。