加圧注入薬剤(ACQ材)
慶応大学の伊香賀教授が作成された報告データの中に興味深いものがあります。内装木質化率(天然木仕上の面積/床・壁・天井の総面積)と睡眠効率(睡眠時間/総就寝時間)の関係をグラフにしたものです。下図の通り、睡眠効率の最も高いのは内装木質化率が40~50%となっています。大雑把に言えば、部屋の床と天井に無垢材を張った状態が一番よく眠れるということです。そして驚くべきことは、床・壁・天井をすべて無垢材で仕上げた時(100%)はなんと0%時よりも睡眠効率が悪いという結果が出ていることです。
その理由について、ここからは私の推論です。材木は伐採される前の森林の状態では、害虫などの外敵の攻撃や、病原菌から身を守るために、いろんな物質を幹と枝と葉の部分から発散しているのです。代表的なものにヒノキやマツはαピネンを、杉はフィトンチッドなどを放散しています。これらは除菌・抗菌作用を持つと同時に人間をリラックスさせる効果もあります。森林浴で気持ち良くなるのはこれらの成分も大きく影響しているものと思われます。しかしよく考えてみれば森林浴は森林という広い空間です。空も広がっています。それに対して部屋の空間は比較にならないくらい狭いです。その狭い空間の中にαピネンやフィトンチッドが放散されると、その持っているリラックス効果をしのいで除菌・抗菌作用が働く結果、睡眠効率が悪くなるのではと推測しました。そしてリラックス効果を最大限に発揮するのが内装木質化率40~50%なのです。いかに自然の木が人間にやさしいといっても、過ぎたるは及ばざるがごとしです。なにごとも中庸(ほどほど)が自然です。バランスのとれた自然界ですが、そのバランスを100%、家の中に持ち込むことはやはり難しいのではと想像します。
話しは変わりますが、ACQ材という木材があります。ACQという殺菌薬剤を木材の中に加圧注入した木材のことです。ACQの主成分は塩化ベンザルコニウムと銅化合物という合成化学物質です。どちらも殺菌薬剤として使用されています。私はこの木材には以前から強い疑念を持っています。ACQ材を製造販売している企業は当然のことながら、これは全く安全であると宣言しています。よく言われるのが公園のベンチや木材遊具に使用されている、というものです。しかし、これらは前述の森林浴と同じです。公園という無限に広がる空の下で使用する分には、私もまず問題はないであろうと思います。ところが家という空の下とは比較にならない狭い空間で使用したらどうなるのでしょうか。人間に対してリラックス効果のあるαピネンやフィトンチッドのような物質でさえも、狭い空間に一定以上放出されると睡眠を妨げるという結果を生み出しました。まして殺菌剤のかたまりである合成化学物質ACQ薬剤が壁の中で放出する量は間違いなくシロアリや腐朽菌を撃滅させるだけでなく、室内に漏れ出し人間に悪い影響を与える可能性は排除できないと考えています。屋外で安全だからと言って、屋内でも安全と断言するのはあまりに短絡的で危険です。薬剤の濃度は比較になりません。数十年前までアスベストは安全と言われ、私たちは何の疑問も持たずに使用してきました。その結果は皆さんがご承知の通りです。危険と証明されていないのだから安全なのだという論法はあまりに乱暴です。危険とは証明されていなくても、危険かもしれないと思うのであれば使用してはいけないと思います。もしACQ材が近い将来、アスベストと同じように判定されたとき、そこに住まう人は一体どうなるのでしょうか。もうどうしようもありません。そのようなリスクを冒してまで家を建ててはいけないことは勿論ですが、そのようなリスクを冒さなくても安全な家を建てることは十分可能であるということを皆さんは知っておかなければなりません。
また、ACQ材を使用しなければならない家というのは、どんな構造になっているのかを知らねばなりません。決して批判、悪口で言うつもりはありませんが、有名なI社の断熱方法では壁体内結露の発生するリスクが非常に高いと言わざるを得ません。断熱性能を上げようと、壁の中に壁厚と同程度の板状断熱材をピチピチ、ギューギューに詰め込めば、間違いなく壁体内に結露が発生するリスクが高まります。(硬質発泡ウレタンの吹込み断熱も同じリスクがあります)そのことを知っているからACQ材を使わざるを得ないのではないでしょうか。安価に断熱の高性能を発揮しようとする工法です。
私たち家づくりに携わる者は、決して数(売上)を追ってはいけません。数を追えばそこに必ず良くない企業の論理(効率よく儲ける)がはたらきます。家づくりは車を造るのとは違います。
一人一人のお客様に真摯に向き合わなければ本当にいい家は建ちません。そこでは効率を追えない状況が発生します。そして、そのことに堪えて家づくりをするものだけに家づくりの資格があるのではと思います。忘れてはいけない最も大事なことは、“安全で快適である”ということではないでしょうか。危険なもの危険かもしれないものを使ってはいけません。
2019年4月30日
文責 脇長敬治